インタビューシリーズ~活躍する帰国留学生~ 第34回バイロン・M・シリルさん
令和8年5月26日

バイロン・M・シリルさんは、2012年から2015年にかけて日本政府(文部科学省)奨学金制度を利用して日本の専修課程で留学した帰国留学生です。バイロンさんは文化外国語専門学校で1年間日本語を学んだ後、武蔵野栄養専門学校で栄養学の学位を取得しました。バイロンさんはコロール州のガーバエッド出身である父のメクレオス・シリルさんと母のベゴニア・テウィドさんの息子です。両親と2人の弟妹は現在ハワイ州に在住しています。
バイロンさんはマリステラ小学校で初等教育を受けた後、ミゼンティ高校に進学しました。高校卒業後、パラオ・コミュニティ・カレッジに進学し、2012年に環境海洋科学の準学士号を取得し卒業しました。
バイロンさんは医師になることを目標に、医学への強い関心を持っていました。その背景には、パラオで糖尿病や心臓病が広く蔓延している現状があり、日常の生活習慣や食生活を改善することでパラオの人々の健康を守りたいという思いがありました。医師を目指す第一歩として基礎知識を身につけようと、専修課程プログラムで栄養学を選んだのです。また、医学への関心と同時に、日本や日本の人々についても知りたいという気持ちも、来日を後押しした理由の一つでした。
バイロンさんは日本での最初の1年間、文化外国語専門学校で日本語を学びつつ、寮父母たちからの手厚いサポートを受けながら寮生活を送りました。また、日本語が話せる先輩学生たちが新入生のためにさまざまな活動を企画してくれ、コンビニやスーパー、レストランへの行き方など、日本での暮らしに必要なことを一つひとつ教えてくれたそうです。
一人暮らしをすることが初めてだったバイロンさんにとって、毎月の生活費のやりくりや自炊も慣れない挑戦でした。それでも周囲の人々の支えのおかげで、少しずつ新生活に馴染んでいったそうです。
バイロンさんは、武蔵野栄養専門学校入学後も1年間寮生活を送り、その後アパートに引っ越しました。埼玉から池袋までの通学時間は少し長めでしたが、その時間を電車内での勉強に活用していたため、苦にならなかったと言います。当時は英語の案内表示が少なく、最初は電車の乗り方に戸惑いましたが、先生に教わりながら経験を積むうちに自然と乗りこなせるようになっていきました。
言語面では、話すよりも読み書きの方が難しく、特に漢字を覚えるのに苦労したそうです。しかしその経験は、数年後に台湾で修士課程に進んだ際に思わぬ形で役立ちました。日本で漢字をしっかり勉強していたおかげで、街中の看板が読めたのです。
課外活動では東京の公園めぐりを楽しみ、新宿御苑と代々木公園がお気に入りだったそうです。各地を旅行した中でも、自分が住んでいた東京の街が一番好きだと言い、初めて日本に来た時に暮らした場所への愛着があるからかもしれないと話してくれました。鎌倉や江の島、沖縄、富士山周辺にも訪れ、特に沖縄の水族館で見たジンベイザメの大きさには目を見張ったそうです。唯一の心残りは、北海道の雪まつりに行けなかったことだと語ってくれました。
近所で行われたお祭りにも参加し、お神輿を担ぐ文化体験もしました。「神輿の重さで肩が痛くなったものの、その後昼食をご馳走になったので苦労も報われた」と笑いながら話してくれました。食べ物といえば、つけ麺が大好きで、「夢に見るほど」だと言います。ハワイでも食べてみたそうですが、日本のつけ麺には遠く及ばなかったとのことです。
3年間の日本生活でいつの間にか身についた習慣があるとバイロンさんは言います。その一つがお辞儀で、コンビニの店員さんにも思わずお辞儀をしてしまうそうです。無意識にやってしまうので自分でも笑ってしまうことがあるそうですが、日本に住んでいたからこそ自然と体に染み込んだ結果です。他者を尊重することは、パラオで育つ中で自然と身についたものですが、日本文化においても非常に重要なことであり、今も常に意識して心がけていることの一つだと言います。また、日本の食卓には必ずさまざまな副菜が並ぶことに気づき、今では家族のために料理をする時にその習慣を取り入れているそうです。サラダやスープなど、栄養バランスを考えた副菜を添えるようにしていると話してくれました。
バイロンさんは、今でもFacebookやInstagramで日本留学中に出会ったクラスメートたちと連絡を取り合っており、2017年には友人と観光で東京を再訪しました。その旅での一番の思い出は、お台場のチームラボ ボーダレスで、「インタラクティブなアートが迷路のように広がっている空間」と表現してくれました。見どころが多すぎるため途中で友人と手分けして回ることにしたそうですが、後で話してみると、お互いに相手が行った部屋を見逃していたことが判明し、二人で笑ったそうです。
日本での留学後、バイロンさんはワシントン州のシアトル大学に進学し生物学の理学士号を取得、その後台湾でさらに4年間学び、2025年6月に医学博士号を取得し卒業しました。
台湾の大学卒業後、バイロンさんはハワイで家族と過ごしました。その後、2026年にパラオに戻り、ベラウ国立病院で2~4年間に渡るインターンシップを開始しました。4年後インターンシップ修了試験を合格すれば一般医になります。専門分野については現在、循環器内科と、糖尿病を重点とする家庭医学の2つを候補として考えています。どちらの分野に進むかは、ベラウ国立病院での勤務経験や、そこで患者さんと向き合う中で得られる気づきを大切にしながら決めていきたいと話しています。
本奨学金に興味がある学生へのアドバイスとして、今は日本語学習に使えるツールが充実しているので、以前よりずっと学びやすくなっていると話してくれました。翻訳アプリや漢字の読み取り機能、学習用のオンラインアプリなど、スマートフォン一台あれば多くのことができます。スマートフォンとインターネットさえあれば日常生活を送る上で必要なスキルを身につけ多くのことを学べるとエールを送ってくれました。
最後に日本とパラオの関係について聞くと、両国は強い絆で結ばれており、日本はパラオに多大な支援をしてきたと話してくれました。そして、一人でも多くのパラオ人が日本に渡り、文化や技術、日本人のものの考え方を吸収してほしいと言います。そうして帰国した人たちが、学んだことをパラオのために活かし、自立した持続可能な社会づくりに貢献してくれることを願っているそうです。