インタビューシリーズ~パラオの日系人~ 第38回 ドロテオ・ナガタさん
令和8年3月20日

ドロテオ・ナガタさん(73歳)は、日系三世のパラオ人です。彼はナガタ・シンジさんとサツコ・ナガタさんとの間に生まれた9人兄弟のうちの一人です。母の名前はサツコと日本風ですが、パラオ人です。祖父は日本人のナガタ・ナオキチさんです。祖母はペリリュー出身のディラルマルさんです。ドロテオ・ナガタさんはデボラ・ナガタさんと結婚しており、7人の子どもと何人かの孫がいます。
1963年、パラオ人の一行が日本を訪れた際、ナガタさんは彼らに祖父のナガタ・ナオキチさんを探す手助けを依頼しました。残念ながら、彼らは祖父がすでに亡くなっていたという知らせとともに帰ってきました。
ナガタさんはマリステラ小学校に通い、その後ミクロネシア連邦国のポンペイ州に位置するパッチ高校に留学しました。パッチ高校在学中に父親がパラオで亡くなりました。1972年にパッチ高校を卒業した後、ハワイのマウイ・コミュニティ・カレッジに進学し、2年間学んで機械学の準学士号(Associate Degree in Mechanics)とリベラルアーツの準学士号(Associate of Arts)を取得しました。
1974年にパラオへ帰国し、ミクロネシア職業大学(現在のパラオ・コミュニティ・カレッジ)で働きました。1976年には奨学金を受け、ハワイのマノアにあるハワイ大学で教育学の学士号を取得しました。
教育学の学士号を取得した後、パラオに帰国し、ミクロネシア職業大学の総務部で働くとともに、数学の代用職員も務め、管理能力と指導力を活かして大学のコミュニティを支えました。
1978年、彼は再び奨学金を受け、イースト・ウエスト・センターで学び、1980年に教育行政学の修士号を取得しました。修士号取得後、パラオに帰国し、パラオ・コミュニティ・アクション・エージェンシー(PCAA)のディレクターとしての職を引き受けました。
限られた資金しか無かったので、彼は助成金申請書等の書類作成に尽力して外部より資金源を獲得、PCAAと地域社会へのサービスの向上に貢献しました。彼は、PCAAのディレクター在任中の最後のプロジェクトの一つとして、日本の「草の根・人間の安全保障無償資金協力(GGP)」を通じて幼稚園の建設に携わりました。2013年に退職してからは、農作業に勤しみながらもさまざまな団体の役員として積極的に活動して、いまもなお多忙な日々を過ごしています。
ナガタさんは日本文化に触れる機会はあまりなかった一方で、日本政府がパラオに提供してきた数々の支援については熟知しています。今後も、日本とパラオの関係がさらに強固となり、支え合える関係になることを期待しています。特にパラオの電力供給強化の取り組みにおいて、日本が支援を続けてくれることを願っています。