インタビューシリーズ~活躍する帰国留学生~ 第30回ウバイ・ロバート・セゲバウ・キンジョウさん
令和7年12月26日

ウバイ・ロバート・セゲバウ・キンジョウさんは、ミクロネシア連邦チューク州にあるザビエル高校の出身です。同校と上智大学、APICの三者間合意に基づく「ザビエル留学生奨学金」により、上智大学国際教養学部で国際経営・経済学を学び、2025年3月に同学部を卒業しました。
ウバイさんは、マイレン・セゲバウさんとケネス・キンジョウさんの息子です。彼の家系はペリリュー州やエサール州を含む多くの州に広がっていますが、ウバイさんご自身はマルキョク州を故郷のように思っています。現在は、財務省の予算計画局に財務専門家として勤務しており、その職務では、国家予算の配分や債務管理などに携わっています。
彼はミクロネシア連邦チューク州にあるザビエル高校で中等教育を修了しました。同校では学業で非常に優秀な成績を収め、次席卒業生(Salutatorian)として卒業しました。ザビエル留学生奨学金」は毎年、ザビエル高校から一名のみ学生が選ばれるというものでしたが、ウバイさんはその優れた学業成績と献身的な姿勢が評価され、日本の上智大学へ進学することができました。
ウバイさんが日本留学を決意する上で大きな後押しとなったのは、祖母のフミコ・キンジョウさんの存在です。彼女は沖縄出身の父を持つ日系パラオ人二世です。フミコさんは「この留学経験は、質の高い教育を受けられるだけでなく、家族のルーツを再確認する機会も、沖縄の親戚を訪ねる機会も得られるよ」とウバイさんを励まし、日本への留学を熱心に勧めました。ウバイさんは「あの時の祖母の励ましが、自分の人生を大きく動かしてくれました」と、笑顔で話してくれました。
留学生活は、決して順風満帆ではなかったそうです。新型コロナウイルス感染症が流行した影響で、2019年から1年間オンライン授業を受けていました。オンライン授業では、クラスメイトや先生方と十分に交流することができず、孤独を感じることもあったようです。そのため、一度休学して、2022年に復学した後の3年間は日本で滞在して2025年に上智大学を卒業しました。
ウバイさんは当初、そのめまぐるしい生活リズムに圧倒されたと言います。ゆったりとした時間が流れるパラオでの暮らしとは全く異なり、東京での生活は彼にとって大きなカルチャーショックでした。世田谷区から毎日中央線に乗って、上智大学の四谷キャンパスまで通学していました。特に世界でも指折りの混雑駅、新宿駅での乗り換えはかなり大変だったそうです。しかし、日々の生活に馴染んでいくうちに、その通勤も彼にとって当たり前のこととなっていきました。ウバイさんは上智大学在学中、バスケットボール部に入部しました。彼はチームメイトとの練習や遠征に多くの時間を費やし、埼玉での試合に参加したり、秋田で春合宿を行ったり、また毎年、試合と観光を兼ねて名古屋へ遠征したりしました。この経験は、かけがえのない思い出となったそうです。さらに、APICによる兵庫県丹波篠山での文化交流旅行にも参加しました。そこでは、農業体験や、その土地の恵みを最大限に生かして暮らす術など、古くからの日本の暮らしを体験することができたそうです。
最後に、日本とパラオの関係について伺ったところ、次のように話してくれました。「直行便が就航したことで、日本とパラオ双方にとって、さらなる文化交流や、ビジネスにおける協力の機会が生まれると思います。私の周りでは、すでに多くの友人が直行便で日本へ旅行する計画を立てています。今後、より多くの人々がこの機会を最大限に活用してくれることを期待しています。」
ウバイさんは、マイレン・セゲバウさんとケネス・キンジョウさんの息子です。彼の家系はペリリュー州やエサール州を含む多くの州に広がっていますが、ウバイさんご自身はマルキョク州を故郷のように思っています。現在は、財務省の予算計画局に財務専門家として勤務しており、その職務では、国家予算の配分や債務管理などに携わっています。
彼はミクロネシア連邦チューク州にあるザビエル高校で中等教育を修了しました。同校では学業で非常に優秀な成績を収め、次席卒業生(Salutatorian)として卒業しました。ザビエル留学生奨学金」は毎年、ザビエル高校から一名のみ学生が選ばれるというものでしたが、ウバイさんはその優れた学業成績と献身的な姿勢が評価され、日本の上智大学へ進学することができました。
ウバイさんが日本留学を決意する上で大きな後押しとなったのは、祖母のフミコ・キンジョウさんの存在です。彼女は沖縄出身の父を持つ日系パラオ人二世です。フミコさんは「この留学経験は、質の高い教育を受けられるだけでなく、家族のルーツを再確認する機会も、沖縄の親戚を訪ねる機会も得られるよ」とウバイさんを励まし、日本への留学を熱心に勧めました。ウバイさんは「あの時の祖母の励ましが、自分の人生を大きく動かしてくれました」と、笑顔で話してくれました。
留学生活は、決して順風満帆ではなかったそうです。新型コロナウイルス感染症が流行した影響で、2019年から1年間オンライン授業を受けていました。オンライン授業では、クラスメイトや先生方と十分に交流することができず、孤独を感じることもあったようです。そのため、一度休学して、2022年に復学した後の3年間は日本で滞在して2025年に上智大学を卒業しました。
ウバイさんは当初、そのめまぐるしい生活リズムに圧倒されたと言います。ゆったりとした時間が流れるパラオでの暮らしとは全く異なり、東京での生活は彼にとって大きなカルチャーショックでした。世田谷区から毎日中央線に乗って、上智大学の四谷キャンパスまで通学していました。特に世界でも指折りの混雑駅、新宿駅での乗り換えはかなり大変だったそうです。しかし、日々の生活に馴染んでいくうちに、その通勤も彼にとって当たり前のこととなっていきました。ウバイさんは上智大学在学中、バスケットボール部に入部しました。彼はチームメイトとの練習や遠征に多くの時間を費やし、埼玉での試合に参加したり、秋田で春合宿を行ったり、また毎年、試合と観光を兼ねて名古屋へ遠征したりしました。この経験は、かけがえのない思い出となったそうです。さらに、APICによる兵庫県丹波篠山での文化交流旅行にも参加しました。そこでは、農業体験や、その土地の恵みを最大限に生かして暮らす術など、古くからの日本の暮らしを体験することができたそうです。
最後に、日本とパラオの関係について伺ったところ、次のように話してくれました。「直行便が就航したことで、日本とパラオ双方にとって、さらなる文化交流や、ビジネスにおける協力の機会が生まれると思います。私の周りでは、すでに多くの友人が直行便で日本へ旅行する計画を立てています。今後、より多くの人々がこの機会を最大限に活用してくれることを期待しています。」