インタビューシリーズ~パラオの日系人~ 第36回 ジョナサン・マサハル・サボ・ブルテダオブさん

令和7年12月23日

ジョナサン・マサハル・サボ・ブルテダオブさん(80歳)は、パラオ人の母親と、日本人の父親であるオガタさんの間に生まれました。母親側の異父兄弟姉妹は多数いらっしゃいますが、実父側の兄弟姉妹のことはご存知なかったそうです。また、日本語を学ぶ機会もなかったとのことです。父親のオガタさんは、旧日本軍の大工としてパラオに滞在していたということだけ聞かされていたそうです。
 
ブルテダオブさんは、1年生から5年生までニワール小学校で学び、6年生でコロール小学校へ編入しました。その後、コロール州にあるパラオ中学校(現在のパラオ短期大学敷地内にあった)とパラオ高校で3年間学びました。続いて、ハワイ大学で短期研修を受け、さらにニュージーランドのウェリントンにあるビクトリア大学で1年間留学を経験しました。学業を終えた後は、30年にわたり教師を務めました。ニワール小学校、コロール小学校、GBハリス小学校で教鞭をとった後、ニワール小学校では7年間校長を務めました。1966年には、ポンペイのコロニア小学校に1年間赴任しました。退職後は、パラオ最高裁判所の調停人として、主に土地所有権に関する紛争の解決に尽力しました。
 
ブルテダオブさんは以前から実父の「オガタ」さんとの再会を熱望されていました。父親を見つけるため、当館まで来訪されたこともあります。しかし、「オガタ」という氏名以外に情報がなかったため、父親を見つけることは非常に困難でした。
 
ブルテダオブさんは、現在パラオ人の妻と7人の子供、7人の孫、そして4人のひ孫に恵まれています。日本へはまだ一度も行ったことがありませんが、今でもいつか日本を訪れたいと願っています。好きなアーティストは美空ひばりさんやフランク永井さんで、好きな日本食は寿司、カレー、そして煮付けとのことです。1945年生まれのブルテダオブさんは、現在もコロール州に残る土地測量局、パラオ最高裁判所、パラオ短期大学といった、日本統治時代に建設された建物のかつての姿を鮮明に覚えていらっしゃいます。
 
最後に、日本とパラオの関係について、次のように述べられました。「日本とパラオの関係は非常に強固であると感じています。この関係が今後も長く続くことを期待しています。」