インタビューシリーズ~活躍する帰国留学生~ 第7回 ユリ・キシガワさん
令和5年12月21日

ユリ・キシガワさんは、日本政府(文部科学省)奨学金制度を利用して日本に留学した帰国留学生です。茨城県の筑波大学大学院で心理学の研究を行い、修士号を取得しました。キシガワさんは、たゆまぬ努力と、困難や周囲の環境の変化に適応する能力によって成功を収めました。キシガワさんの経験は、困難に挑み、それを克服する方法を教えてくれます。
キシガワさんは高校2年生になるまでパラオで学び、その後ハワイに渡ってルーズベルト高校で残りの高校生活を過ごしました。1987年にルーズベルト高校を卒業したあとは、ハワイ・パシフィック大学に通いました。1994年に大学を卒業してパラオに戻り、パラオ高校で働きながら、さらに知識を深めたいという気持ちが膨らんでいきました。
そんなとき、筑波大学の教員から「筑波大学の教育カリキュラムはとてもいい」と聞きました。その言葉に背中を押されたキシガワさんは、文部科学省国費留学生制度を利用して筑波大学大学院を受験することを決意し、見事に合格して2003年4月に再びパラオを離れました。
キシガワさんは日本での生活にすぐに慣れることができました。自転車で移動し、奨学金を堅実に使い、日本語の勉強に励みました。漢字の勉強は難しかったものの、英語が身の回りにない環境に身を置くことが、漢字を覚えるモチベーションにつながったといいます。研究に没頭する傍ら、小学生の英語の家庭教師も務めました。
キシガワさんの母は日本人で、父も日本とパラオの血を半分ずつ引いています。そんな家庭環境で育ったとはいえ、日本にいるときは少なからずカルチャーショックを受けたそうです。しかし、異なる文化や環境を恐れたり、圧倒されたりするのではなく、それらを受け入れることを選び、常に何か面白いことはないかと探すようにしていました。
キシガワさんは、空いた時間があれば、中古品店で買い物を楽しんだり、さまざまな日本料理を食べたりしました。特に寿司が好きだったそうです。父親の生まれ故郷である九州を訪れる機会もありました。キシガワさんはこの経験を振り返り、「日本が大好きで、日本にいる間はとても楽しかった」と語りました。
筑波大学大学院で2年間学んだ後は、日本で学んだことを活かすためにパラオに戻ってきました。キシガワさんは、日本留学という経験から多くのことを学ぶことができ、それが自分のキャリアに役立っていることを喜ばしく思っています。
キシガワさんがパラオ高校でカウンセラーとして働き始めて25年になりますが、転職の予定はありません。生徒と関わるこの仕事が大好きで、生徒が将来模範的な市民になるよう手助けしたいと語りました。
帰国留学生として、またパラオ高校のカウンセラーとして、キシガワさんは生徒たちに奨学金に応募することを勧めてきました。日本の教育システムは、生徒たちの学力と規律正しさをさらに磨くのに役立つと信じています。さらに、日本に行くことで、生徒たちはお金の使い方を学び、自立することができると考えています。
2024年の日本・パラオ外交関係樹立30周年記念を間近に控え、キシガワさんは今後も両国が互いに支え合っていくことを願っています。また、将来的に両国の協力関係がさらに深まることを望んでいます。