インタビューシリーズ~パラオの日系人~ 第6回 サンティ・アサヌマさん

令和5年11月8日

パラオの郵政長官のサンティ・アサヌマさんは、日系3世です。2005年から2008年まで第7回パラオ議会において上院議員を務めたあと、2009年から2023年7月までパラオ赤十字社の理事長として活躍しました。糖尿病や癌に関する啓蒙活動や、母校であるミゼンティ高校でのボランティア教師など、長年にわたり様々な活動を精力的に行っています。
 
サンティ・アサヌマさんは、父マサミ・アサヌマ氏と母マリア・アサヌマ氏の間に生まれました。パラオのマリステラ小学校、ミゼンティ高校を卒業後、米国ワシントン州スポケーンにあるゴンザガ大学に進学しました。大学で4年間学んだ後、家業を手伝うためパラオに帰国しました。
 
サンティさんの父方の祖父はアサヌマ・シスケさんといい、八丈島の出身でした。シスケさんには、アサオさん、ツトムさんと、後にサンティさんの父となるマサミさんの3人の息子がいました。次男のツトムさんは終戦後、シスケさんとともに日本に帰りましたが、アサオさんとマサミさんはパラオに残りました。
 
サンティ・アサヌマさんの父、マサミさんはパラオでまず床屋を営みました。マサミさんを知る人々は、マサミさんのことを名前ではなく「トコヤサン」と呼んでいたそうです。マサミさんはほかに、真鍮の加工・日本への輸出や、アイスキャンディーの販売、うどん屋などさまざまなビジネスを経営していました。1949年に開業したアサヌマストアは、今でもコロールのダウンタウンで営業を続けています。
 
サンティ・アサヌマさんの叔父にあたるツトムさんは戦後日本に渡り日本で家庭を築いたため、サンティさんは日本にいとこや親戚がいます。数年前には親戚が日本からパラオへサンティさんの家族を訪ねてくるなど、今でも交流があるそうです。サンティさんも日本を何度か訪れたことがあり、好きな日本食はラーメンとうどんだそうです。また、おしるこを食べたり、お正月には「オメデト」と新年のあいさつをしたりといった、日本文化の影響を受けた家族の伝統を今でも大切に守っています。また、海外出張から帰ると、家族や友人、同僚に「オミヤゲ」を持参する日本の習慣も実践しています。
 
来年2024年に日本パラオ外交関係樹立30周年の記念すべき節目を迎えようとしている今、アサヌマさんは日本とパラオがお互いに共有する文化と尊敬の心に基づき、今後も関係を発展させ続けることを願っていると語りました。また、日本とパラオの絆をより深めるため、学校交流がもっと盛んになることも願っています。