二国間関係

  • 日・パラオ友好橋
  • 記念碑

概要

 パラオは日本の南の隣国です。そして、日本とパラオは、国連など国際機関の場や捕鯨問題などで常に協調してきた親密な友好国です。そして、このような友好関係の基盤には、深い経済的な結びつきと、長い歴史的な絆があります。

 日本は、パラオの経済発展のために、独立以前から今日まで無償資金援助約205.44億円、技術協力62.72億円(2014年度までの累積)にのぼる開発協力を行ってきました。過去には、国際空港ターミナルや、日・パラオ友好橋、コロール市内の主要な道路などインフラ整備に貢献してきています。また、民間セクターの中核を占める観光業においても、年間3万人を超える日本人観光客がパラオを訪れ、資本、人材の両面で日本企業が大きく貢献しています。このように、日本は、パラオの経済的繁栄のための重要なパートナーとなっています。

 日本とパラオには深い歴史的な繋がりがあります。第一次世界大戦後、日本はドイツから南洋群島を引き継ぎ、第二次世界大戦の終わりまで統治していました。この時代に、南洋庁が設置されたのがパラオのコロールです。南洋群島には、数万人の日本人が生活し、農業や漁業、養殖業などを営んでいました。このため、現在に至るまでパラオの言語や文化には日本の影響が見られます。また、終戦後も、独立時の大統領であるクニオ・ナカムラ氏など多数の日系人が活躍してきました。日本統治を経験した世代が高齢化する中、日本とパラオの文化的な絆の維持は重要な課題となっています。

戦没者慰霊事業

パラオ共和国における戦没者遺骨収集について

 パラオ共和国における戦没者遺骨収集事業は昭和27年より実施されていますが、平成16年に同国ペリリュー島において、カナダのテレビクルーが無許可で壕を重機で開け、パラオ当局による取り締まりを受け、遺骨収集活動の規制が強化されました。

 平成17年度及び平成18年度において、日本政府は、パラオ政府に対し遺骨収集の実施を求めましたが、許可されない事態となりました。その後、平成21年11月に日本・パラオ政府間で遺骨帰還に関する覚書を交わし、平成22年5月より遺骨収集事業が再開された後、手続きを更に迅速化するため、平成26年6月に覚書を改定しました。

 平成28年3月には「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」が成立し、今後の遺骨収集作業の加速化が期待されます。

 なお、個人等の活動での遺骨収集は、本覚書では認められておらず、また、壕内等には不発弾が残っている可能性もあり極めて危険ですので絶対に行わないでください。